大仁田厚が7回目で本当の引退!?過去の引退試合を一挙に振り返る!

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プロレスラーの大仁田厚さんが2017年10月31日の後楽園ホールでの試合を最後に引退すると表明されました!

なんと大仁田厚さんは既にこれまで6回の引退宣言をしており、今回で7回目となります!ある種の引退商法にも思えますが、大仁田厚さんは純粋にプロレスが好きでどうしてもまたやりたくなってしまうとのこと。しかし、今回は59歳という年齢もあり最後の引退試合になると宣言されました。

常に引退試合の際には「男に二言はない」と断言し、復活を遂げてきた大仁田厚さん。過去の引退試合はどのようなものだったのか一挙に振り返ろうと思います!

 1. 大仁田厚引退1回目

大仁田厚引退7回目

大仁田厚さんの初めての引退は1985年1月3日でした。当時はやはりプロレスは長州力さんが主役であり、大仁田厚さんの扱いはとても小さいものでした。引退試合した翌日の新聞の記事です。

 全日本の新弟子一号として入門した元NWAインタナショナル・J・ヘビー級王者の大仁田厚(27)が、この日マット上から別れを告げた。師の馬場をはじめ鶴田、天竜らに見守られながら「十五歳で入門して十二年間…ファンのみなさまの声援ありがとうございました」と涙ながらにあいさつ。馬場と別れの握手を交わし、青年実業家としての第二の人生に旅立った。

とてもシンプルな扱いですね。大仁田厚さんの熱い性格上、これには納得しなかったのかもしれません。そして1988年に現役復帰してしまいます。

 2. 大仁田厚引退2回目・3回目

大仁田厚引退7回目

大仁田厚さん2回目の引退宣言は1994年5月5日でした。この時、天龍源一郎さんとの試合に敗れた大仁田厚さんは、1年後の引退とそして政界に出馬することを同時に宣言します。そして約束通り1年後の1995年5月5日に弟子であるハヤブサさんとの試合で引退されます。この時は213万人を動員したと報道されており、大仁田厚さんの人気の高さが伺えますね!

大仁田厚引退7回目

ちなみにここから少しややこしくなるのですが、大仁田厚さんは別キャラでグレートニタというグレートムタをパロッたレスラーもやっていました。大仁田厚さんが2回目の引退試合をする前に1995年5月1日にグレート・ニタの引退試合も実施されています!大仁田厚さんの引退回数にはこのニタの引退も含まれているようです(笑)。

しかし!1年半後に大仁田厚さんは見事にリングも戻って参りました!

 一時は俳優業に専念していたが、ミスター・ポーゴの「引退試合で、ライバルだった大仁田とタッグを組みたい」という願いを叶えるといったアングルで、この一試合限定という建前で1996年12月11日のFMW駒沢体育館大会で2度目の復帰戦を行い(大仁田、ポーゴ、田中正人、黒田哲広組対テリー・ファンク、大矢剛功、ザ・ヘッドハンターズ組)、そのままなし崩しにリングに上がり続けた

なし崩し的にリングに上がり続けたという、表記がめちゃ面白いです!完全にうやむやにしてますね(笑)。

3. 大仁田厚引退4回目

大仁田厚引退7回目

大仁田厚さんはレスラーをやると同時に明治大学に通ったことでも注目を集めました。そしてその明治大学の卒業とともに4回目の引退試合を行います!その際の新聞記事には以下のように書かれました。

 “涙のカリスマ”大仁田が26日、“ふたつの卒業”を終えた。午前中に明大の卒業式に出席し、リングには母校応援団の校歌で登場。4度目の引退試合は、メーンで矢口と組み天龍、越中組を相手に壮絶なケンカファイトを演じ、散った。

試合後、ファンにペットボトルの水を吐きかける“聖水”儀式を終え「大仁田を絶対忘れるな!」と絶叫。「これからは世の中という敵とプロレスをしに行く」と“公約”した。

そして大仁田厚さんは周りの期待を裏切ることなく1年後に復活を遂げるのであります!2006年4月1日に靖国神社で行われた奉納プロレスというイベントで乱入し、見事に復活!

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 4. 大仁田厚引退5回目

大仁田厚引退7回目

2009年12月27日に大仁田厚さんは5回目の引退を宣言しました。この時は長崎県知事選挙の出馬を控えての引退となっております。当時の新聞記事では以下のような内容で報道されていました。

大仁田、シュワ知事と〝合体〟公約 5度目の引退発表!

長崎県知事選(来年2月21日投開票)への出馬を表明した元参院議員レスラー・大仁田厚(52)が27日、都内で開催した自主興行で会見し、アーノルド・シュワルツェネッガー米カリフォルニア州知事(62)との“合体”を新たな公約に掲げた。

“5度目の引退”を改めて発表した大仁田は「知事(職)に全力を尽くしたい。本当に、本当に、本当に、本当に、本当に引退」と“本当に”を5回繰り返して強調。「当選した暁にはシュワルツェネッガーを呼びたい。体を張って交渉する」と同知事との交流による地域活性化を約束した。28日に長崎入り。来年1月に地元で“本当”の引退試合を行う予定だ。

この日は6人タッグの「供託金300万円争奪戦」に出撃。敗れはしたが、ターザン後藤から小切手を手向けに送られ、「全プロレスファンよ、オレにパワーを貸してくれ!!」と涙で絶叫した。

その後翌年の長崎県知事選挙で見事落選した大仁田厚さん。ここからの活動はあまり目立たないものになっており、本当に引退されたかと思われましたが・・・

5. 大仁田厚引退6回目

大仁田厚引退7回目

2010年5月6日のスポーツ新聞で不思議な記事が発表されました。

大仁田厚引退興行 6度目引退も大仁田復帰示唆!

今年2月長崎県知事に落選した邪道・大仁田厚がFMWの5日・新木場大会で6度目の引退。ターザン後藤と組んで・・・合体サンダーファイヤーパワーボムからの体固めで葬って引退試合を飾った。とはいえ大仁田は「また帰ってくるときはよろしくな!」とマイクアピールし・・・

という、いつの間にか復帰していて、その復帰している事実を多くの人が知ったのは6回目の引退試合という状況!面白すぎます!本人も相当狙ってやっているのではないでしょうか(笑)。

そしてこの度の7回目の引退試合も、いつ大仁田厚さんが復帰していたのか誰も知らない中で宣言されているので、余計に興味が惹かれます!そして最近も政治家になることを諦めていないようなので、どうせなら国会議員にもう一度なって、議員辞職する際に引退試合をして欲しいですね!トランプ大統領と「ファイヤー対決!」してもらいたいです!

トランプと大仁田厚の意外な共通点があった!

そして恐らくこれからも引退を繰り返していかれると思うので、どうせなら記録つくってください!

この記事のチャナレはこれだ

・大仁田厚は2017年10月に自身7回目の引退試合を行う

・大仁田厚は引退する際、常に「男に二言はない」と言う

・大仁田厚の過去の引退には「グレート・ニタ」の引退も含まれている

・大仁田厚は最初の頃は復活をアピールしていたが、最近は復活しないまま引退を慣行している

・大仁田厚自身もこの引退商法を楽しんでいる

・そもそも「引退」とは何なのか、「男に二言はない」とはどういうことなのか調査する必要がある

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